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第5回 青木洋子の屏風展@沼津御用邸記念公園

更新日時2011.01.19

沼津市在住の画家、青木洋子の「屏風展」(2010年11月1日~30日)を見ました。会場は、沼津御用邸記念公園の西附属邸です。この展覧会の見どころは、なによりも旧御用邸という場の記憶や明治時代の木造建築との関係性です。次いで、屏風という絵画形式の今日的な可能性でしょう。その上で、提示された作品のクオリティが問われなければなりません。

場との関係性という視点で最も鮮やかな印象を受けたのは、「御座所」の二点の屏風でした。松が散在する西庭に面した「御座所」には、御座所、御寝室、御着換所の三室があって、そのうちの御寝室と御着換所をつなげた十八畳の和室が作品展示の舞台です。その作品とは二曲一隻の「風影」と四曲一隻の「海の声」です。淡墨と中墨のたっぷりとした筆触が不規則かつ優雅に乱舞する「風影」は松の枝を吹き抜ける風を想起させ、「海の声」もその筆触がさざ波、寄せる波、また光のきらめきや風のようで、開放的な庭そしてその背後の海原に向かって端然としつらえられていました。屏風という絵画形式はいうまでもなく平面かつ立体であり、壁のない場所でも自立することができます。一帖・一扇をつなげ、二曲、四曲、六曲と展開し、またそれらは単独で一隻、対になることで一双と展開します。屏風によって、空間は自在かつ象徴的に仕切られ、そこに非日常の華やぎや精神性をもたらすことができるでしょう。

提示された作品のクオリティという意味で強い印象を受けたのは、最後の部屋にあった「山の声」、六曲一隻の大作です。そこに「山」はなく、ただ面相筆による垂直の細線、文字でも図像でもない鍛えられた線が静かに重ねられているばかりです。画面下方では、紙から筆を離すタイミングによって微妙な濃淡の揺らぎがかもし出されています。「親しみやすさ」だけが蔓延しかねない文化状況にあって、純度の高い追求に支えられた圧倒的な密度感は森厳な山の気配を漂わせているようにも思われました。百年前の面影を残す沼津御用邸記念公園の西附属邸と、和紙と墨による現代絵画そして屏風との出合いは、幾重にも時間が輻輳する興味深い試みでした。

青木洋子はどんな人なのでしょうか。彼女は芸大油絵出身でありながら、その描画材料は水墨画に近いでしょう。またその絵の多くは非具象かつ非中心で、戦後アメリカの抽象表現主義やミニマルペインティングの洗礼を受けているようにも見えます。1983年でしょうか、私が出会った頃の作品は、面相筆を用いた墨と胡粉による流れるような筆触で大画面が覆い尽くされ「voice」と命名されていました。その後、様々な場所で青木とその作品に接してきましたが、画家としての彼女を突き動かす力の源泉は、幼少時に父から手ほどきを受けた書の魅力と、画家を目指し上京した1960年代の機運、新橋の現代美術研究所でのさまざまな出会いでしょう。そのアトリエの壁には、「現代美術は、今日、最も真剣に生きる心の投影なのです。」との言葉が掲げられていたそうです。

現在の作品への歩みは、芸大を出て七年後の1973年、キャンバスに油絵具で般若心経を写したことに始まるとのことです。楷書から始め行書また草書へと、およそ十年かけて進んでいったそうです。恐るべき律儀さといえましょう。さらに筆触が草書を超えて、作者の他、意味を読みとることができなくなる地点で青木は、「描くこと・書くこと」をめぐるほとんど手つかずの問題と向き合うことになったはずです。その作品を前にする人もまた、文字の機能を失ったものたちが生気を帯びて律動し、線の「声」、墨の「声」、空白の「声」を発するさまを目のあたりにすることでしょう。

プロフィール

白井嘉尚 静岡大学教授
教育学部で絵画を担当。美術作家としては、「鏡のフロッタージュ」、「フリー・ジグソーパズル」、「版によるドローイング」など、絵画の新たな種子を探求してきた。

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