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第7回 入川舜 ピアノ・リサイタルを聴いて

更新日時2011.06.20

子どものころからピアノを奏いて、音楽大学へ進むような人たちで、ベートーヴェンやショパンは知っているけれど、おもにはピアノ曲や協奏曲だけで、ほかにオーケストラやオペラ、バロックの室内楽から現代音楽まで、クラシック音楽の沃野に触れている人は、じつはあまり多くはない。とくに日本では。そんななか、若いピアニストの入川舜は、これまで静岡に生まれ育って音楽の養分をたっぷりと吸収し、いままさに芽ぶこうとしている。

4月28日の夜、静岡音楽館AOIで彼のピアノを聴いた。彼はこの春、東京藝術大学大学院を修了し、秋にはパリに留学するらしい。AOIが開館した1995年、小学校3年生だった彼に出逢ったことを想いだす。幼いころからピアノを奏いてきた彼は、以降、高校卒業まで、AOIのコンサートのほとんどに足をはこび、さまざまなクラシック音楽を聴いた。「雑食系男子」である。そのなかでもっとも強い印象に残っているのは、2004年のワディム・レーピン(ヴァイオリン)とニコライ・ルガンスキー(ピアノ)のデュオだという。また、小学生のときAOIのリコーダー・アンサンブル講座と「子どものための音楽ひろば」に参加、中学生のときは、静岡の音楽家たちの登竜門「静岡の名手たち」に合格し、高校生でコンサートシリーズに抜擢されて、藝大に進んでからはプロフェッショナルなピアニストを養成する「ピアノ伴奏法講座」の受講生に選ばれ、1年、その指導を受けた。AOIの活動は、彼のなかできっと実を結んでいるに違いない。そう信じている。

この日のリサイタルは、AOIではなく、地域で彼を応援する人たちの主催により開かれた。東京で実績を重ねてきた入川舜の凱旋である。残念ながら初めのJ.S.バッハは聴き逃したが、前半にショパンの《華麗なる大円舞曲》op.18、バラード第1番 op.24、後半に乾春男の《ペルソナ》、ドビュッシーの《子どもの領分》《映像》第2集、ストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》からの3つの楽章を聴くことができた。

もっとも驚かされたのは《映像》の第2曲〈そして月は廃寺にかかる〉だ。清冽とした和音の連続でなるこの曲は、幻想的で捉えどころの難しい音楽だと思うが、彼は、まさに冴え冴えとした白銀の月の光を、限りない透明感で美しく描いた。繊細な感覚と、それを実現するためのしっかりとした指のコントロールがなければ、そういう演奏はできない。それらを備えているのだ、彼は。この曲に限っていうなら、これまでに聴いたどんな演奏よりも印象的だった。そうかと思うと、続く《ペトルーシュカ》では、ロシアの絢爛な民族色が、正確かつアタックの効いた強いタッチできらびやかに炸裂する。彼は、ダイナミック・レンジも充分だ。

どうも近・現代にスタンスをとりがちにみえるが、彼が13歳のとき、「静岡の名手たち」で奏いたシューベルトのピアノ・ソナタ第4番 op.164, D.537も忘れがたい。いずれにしろ、入川舜の演奏のすてきなところは、音楽への愛情、慈しみ、といったものが、すなおにあらわれてくるところである。彼はどちらかというと寡黙な人だが、そのピアノから溢れる音楽は、とても多くを語っている。

プロフィール

小林旬(静岡音楽館AOI学芸員)
多摩美術大学卒。多くのコンサートや講座を制作。音楽や美術、民俗芸能、文化政策などについて執筆、講演。演出の仕事に、D.マッケヴィット:《トランスルーセンス》(静岡、東京。2002)、志田笙子:《四季》(ケルン。2004)。M.ラヴェル:《ボレロ》(熊本。2003)、F.ガスパリーニ:歌劇《ハムレット》(静岡。2007)など。

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