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第5回 清沢神楽

更新日時2011.06.30

人々は古来から神を畏れ、感謝し、敬ってきました。
しかし今、その神と人間を繋ぐ糸がほつれようとしています。

安倍川の支流、藁科川を上流へ上がり、さらに分岐して黒俣川へ進んでいくと、杉を背負った山肌が近づき、茶畑や家々がちらほらと目に映ってきます。この山深い場所は旧安倍郡清沢村にあたり、昭和42年に静岡市と合併してからは、清沢地区と呼ばれるようになりました。14の集落が点在し、およそ1200人の人々が大きな自然に抱かれながら、しんしんと暮らしています。ここには街では感じられない、昔から受け継がれてきた伝統や風習、自然と共生するための知恵などが残っています。そこからは、祖先が長きに亘って崇拝し続けた神々への思いや、日本人の源流を感じることができます。そのひとつに、江戸時代からこの地に伝わるものがあります。雅な衣装を身にまとい、笛と太鼓の音を響かせ、その中で舞を舞う神々への奉納。季節の順調な巡りを願う心。人々はそれを清沢神楽といいます。

清沢地区の集落のひとつ「蛇塚」 神楽が伝わる集落は、昼居渡、相俣、久能尾、中塚蛇塚、峰山、杉尾、坂本、中村の8つで、それぞれの氏神社で奉納されてきました。清沢神楽はこれを総称した呼び方で、静岡県指定無形民俗文化財に登録されています。神楽式で八百万の神々をお迎えする「湯立神楽」で、役舞や余興の舞など20の舞が伝えられています。数ある駿河神楽の中でも、先人達が磨き上げてきた清沢神楽は、特に芸術性が高いといわれています。

中塚蛇塚の子之神社 しかし、時代の流れと共に産業が衰退し、過疎化、高齢化が進む中で、後継者不足となり、神楽を続けるのが難しくなってきました。ここ数年でやめてしまう所が増え、清沢神楽の将来が心配されます。現在、毎年欠かさず役舞を奉納しているのは、中塚蛇塚の子之神社だけです。

中塚蛇塚のお日待の様子

シンと静まる夜の中に、散りばめられた満天の星。聞こえるのは氷川のせせらぎと、風に揺らめく木々の音。2010年10月14日、秋祭りの御日待(前夜祭)の日、真っ暗な中塚の道沿いに三つの丸い赤ちょうちんが燈りました。その赤ちょうちんをくぐり、山を少し上がっていくと子之神社の境内があり、地元の人々が忙しくお祭りの準備をしています。拝殿の天井には藁縄が碁盤の目のように張られ、そこに陰陽五行を表した五色の切り紙が鮮やかに飾られています。夜の七時過ぎ、神楽は始まりました。「順の舞」が奉納された後は、「三宝の舞」、「安倍太刀の舞」と続きます。4演目「鬼の舞」。拝殿の袖から大きな顔をした妖気漂う鬼が現れました。ゆっくりと拝殿へ上がり、右へ左へぐぅっと頭を回しながら、ノシッノシッと歩いてきます。その動きは妖艶で、恐ろしくもあります。人間離れした美しさに、ゾクッと寒気が背中を走り、心は浮き立ち捕らえられます。

北沢勝磨さん この鬼の舞手こそ、神楽の伝承者、北沢勝磨氏であり、神楽と共に人生を歩む清沢神楽の師匠です。

昭和27年、北沢勝磨さんは峰山に生まれました。この集落は標高500mの所にあり、山々が連なるその先からは伊豆半島や駿河湾をそっと覗くことができます。北沢一族は神楽に縁があり、何人もの名手を輩出してきました。明治の終わり頃まで中塚の神楽を取り仕切ってきた、子之神社の神主、勝山家とも親戚にあたります。

北沢家からの夕日

笛の名手と呼ばれ、笛も自身で作るという勝磨さん 勝磨さんが神楽の道に進もうと思ったのは、小学5年生の頃。革命的精神で今の清沢神楽の基を築き、後の師匠となる上仲新一郎氏の優美な舞や笛の音に衝撃を受けたのです。その時、勝磨少年は近くにいた友人に「僕はこれを伝える。」と、はっきりと言いました。本格的に神楽を始めたのは16歳の頃。最初の師匠は親戚の北沢実氏でしたが、間もなく亡くなり、それからは杉尾に住む上仲氏の元へバイクで通いました。多い時には週に3回、雨の日も雪の日も欠かさず行ったといいます。

勝磨さんが作った笛 笛の名手と呼ばれ、笛も自身で作るという勝磨さんの体の中には、幾つもの複雑な笛の旋律と太鼓のリズム、20の舞がしみこんでいます。年に数回しか表に出ることのない神楽、これだけのものを体に留めておくのは大変なことです。「神楽のことを思わなかった日はないよ。」と、勝磨さんはいいます。夜、目が覚めると稽古場へ行き、笛や舞を確認することはよくあるそうです。車を運転している時には口伝の言葉を口ずさみます。

勝磨さんの直弟子の佐藤由明さん それでは、この清沢神楽を受け継いでいく子ども達はどうでしょうか。
清沢地区は、清沢学区と峰山学区の2学区に分かれており、それぞれの小学校で神楽を教えています。清沢小学校ではふるさとクラブで年10回、峰山小学校では週に2回の指導をしています。

勝磨さんも学んだ峰山小学校、昭和30年代の小学生の数は100人以上にもなり、あちらこちらで子どもの声が木霊していたようです。しかし、少子化が進み、現在の生徒数は4人。静岡県で一番小さな小学校といわれています。神楽は40年ほど前から歴代の師匠らが生徒達に教え始めました。

峰山小学校の体育館で練習している子ども達

月曜と土曜の夜、峰山小学校の体育館には、熱気が宿ります。指導者は勝磨さんと直弟子の佐藤由明さん。教わっているのは、峰山小学生4人と、由明さんの娘、そして、キャンプ場管理人の息子で中学1年生の美路理(みじり)君です。小学生達は口拍子に合わせ、神楽の基本「順の舞」を練習します。神楽を舞うのは好きなようで、しばらくはギクシャクしながらも、繰り返していく内に上達していきます。こうして、子ども達の体の中に、神楽のリズムが浸透していきます。

美路理君 ところが、峰山学区には大きな問題があります。中学校がないため、下流にある藁科中学に入学して、寮に入ることになるのです。そうすると、ようやく舞えるようになった頃には、神楽から遠ざかってしまいます。勝磨さんが30年以上教えてきた中でも、神楽に携わっているのは、数人だけです。

とはいえ、美路理君は中学生になっても、熱心に通っています。すでに3つの舞を習得し、昨年の清沢ふるさと祭りでは、「太刀の舞」を披露。その姿は雄雄しく、何か期待させるような凛とした表情をしていました。今の目標は「安倍太刀の舞」を舞うこと。もっと覚えたいという高い志をもち、稽古に励んでいます。

北沢家の団らんの様子 もうひとつ、清沢神楽が伝えられている場所があります。北沢家です。勝磨さんには3人の息子がいて、生まれた時から日常の中で神楽に親しんできました。子守唄は、童歌の代わりに神楽の口拍子。もの心ついてからは口拍子クイズで遊びました。「トーチリトヒャラト・・・。」勝磨さんが口拍子を口ずさむと、子どもたちは、宇須売!鬼!大助!と、ぴしゃりと当てます。長野や愛知など他の県に神楽を見に行くこともよくありました。もちろん、峰山小学校では今の小学生と同じように、父、勝磨さんから神楽を教わりました。

勝磨さんの長男の岳士さんとその子ども達 やがて大人になり、神楽の世界に入ったのは長男の岳士(たけと)さんです。「気がつけばあったものだから、すんなり入っていけましたよ。」と岳士さん。岳士少年にとっては楽譜がなく、体で覚える神楽が性に合っていたようで、教わるのが楽しかったといいます。高校を卒業してからは清沢神楽保存会に参加。岳士さんは、力まず、当たり前のように神楽を受け継いでいるようです。

岳士さんも3人の子どもに恵まれました。そのうち2人が男の子。穂岳君6歳と豪士君4歳です。お腹の中にいた時から神楽を聞き、太鼓の音がすると、よく動いていたそうです。街中に住んでいるため、なかなか教われませんが、おじいちゃん子の穂岳君は岳士さんよりも勝磨さんに厳しく教えてもらうのが好きで、峰山に遊びにきた時には、稽古場で教えてもらいます。口拍子クイズもお手のもの。4年前に徳山で開催された夜っぴとい神楽では、岳士さんが太刀の舞を舞っていると、客席で2歳の穂岳君がおもちゃの剣を使い、父の真似をしながら舞い始めました。みんな大喜びで、地元の人が穂岳君を壇上にあげると、親子で舞を披露しました。

そして豪士君。まだ幼いので稽古はしていませんが、「大助の舞は?」と勝磨さんが聞くと、小さな体の腰を曲げ、手を後ろに組み、おじいさんの真似をしながらヨタヨタと歩いてみせました。なんとも愛らしい姿がありました。

北沢家の血の流れの中には、神楽が確かに受け継がれていました。

北沢家に伝わるお面。息子へ孫へ、未来へとつながっていく 勝磨さんが本当に伝えたいことがあります。それは口伝の秘術です。神をお迎えする神勧請、悪いものから身を守るための護身神法、神をお返しする神返し、湯立てや神楽を舞う時にも、他人には見えない部分で行っている呪術的なことがあります。公にしてはいけない印の結びや唱えごとを、勝磨さんは長い年月をかけて習得してきました。このことを自分よりも若い人に伝えることが使命だと思っています。それは誰でもいいわけではなく、技術があり、大切に扱い、神楽に精通している人が好ましいのです。

神と人を結ぶ神楽。笛や舞の最中、その極致に立ったとき、ゾクッとしたり、涙が出ることがあるといいます。弥生以前から脈々と続いている神々への祈りを繋げていくのか、切ってしまうのかは、今生きている私達の心にかかってきそうです。

ここだけにしかない清沢神楽。 何百年と受け継がれてきました。 勝磨さんの思い、息子へ、孫へ、子ども達へ、ずっと伝えられていくことを祈るばかりです。

(レポート 小梅)

* 駿河神楽・・・安倍川、大井川、瀬戸川流域に分布する神楽の総称。清沢神楽もこれに属する。

清沢神楽の動画はこちら(しずおかの民俗芸能)
http://www.shiz-bunka.com/groups/nation_01

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