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第17回 荒祭りと子どもたち ~・獅子木遣りの少女たちの成長~

更新日時2015.03.20

焼津の夏の風物詩

毎年八月十二日・十三日に行われる焼津の「荒祭り」。正式には焼津地区の氏神である焼津神社の例大祭ですが、白装束の男たちが神輿を練り歩く勇壮な祭りとして名高く、「荒祭り」の通称で親しまれています。

十二日夜の御神楽祭では、暗闇の中、笛の音だけが流れる厳かな神事が行われ、翌日の渡御行列でさまざまな役割を担う「神役」と呼ばれる人々が参集します。翌十三日朝、いよいよ二基の神輿が神社を出発し、真夏の太陽の下で一日かけて氏子地区内の四か所の御旅所を巡り、深夜、神社に戻ります。

祭礼当日の朝、神社を出発

獅子木遣り

さて、この行列を先導するのが獅子木遣りです。雌雄の獅子頭を持つ「青年」(女子青年を含む)に続いて手古舞姿の少女たちが幅約一・三メートル長さ二一・九メートルの幕を左右両側から持ち、木遣りを歌いながらゆっくりと進むのです。獅子木遣りは昭和五十三年三月二十四日に静岡県無形民俗文化財に指定され、同年発足した獅子木遣り保存会を中心として組織的に伝承されてきました。

獅子頭は明治四十年八月に、焼津出身で東京両国に住む見原貞吉という篤志家が納めたもので、これを契機に獅子が渡御行列に加わったといわれていますが、現在のような獅子木遣りの形式が成立した詳しい経緯はわかりません。両国周辺には小村井香取神社(墨田区文花)や白鬚神社(墨田区東向島)などに胴幕の長い獅子の巡行が伝えられていますが、これらの獅子は木遣りや少女たちとの関連はないようです。

浜通りを進む獅子木遣り 手古舞姿の少女 胴幕の長さは約20メートル

参加者の募集

獅子木遣りの主役は小学生の少女たちです。彼女たちの衣装は手古舞と呼ばれ、頭に手拭いを被り、衣の片袖を抜いて下の赤い襦袢を出し、タッツケ袴・黒足袋・草履をはきます。さらに手甲・扇・花笠を身につけて錫杖を持つ姿は、大変華やかなものです。この錫杖は、火事の時に火元に投げ入れると火が消えるといわれていました。

保存会発足以前は氏子地区の少女たちだけが獅子木遣りに参加していましたが、昭和五十三年以降は、市の広報や自治会を通じて焼津市全域の子どもたちに参加を呼びかけるようになりました。それまで個人持ちだった衣装も保存会が一二〇着用意し、参加者に貸し出すようになったそうです。当時は小学四~六年生を中心として百名以上の参加希望者があり、人数調整をしたこともありましたが、最近は海岸に近い氏子地区の人口減少に加え、子どもの人数が減っているため、参加者は五〇~六〇名くらいでした。

背には花笠を負う

そこで、氏子地区内でも改めて募集の回覧をし、昨年の参加者にハガキを出したり電話をかけたりして参加者の確保に努める一方、二年前からは市内の小学校でも三年生以上に参加者募集のチラシを配るようになりました。参加できるのは女子だけですが、男子にもチラシを配り、行事そのものの周知を図っています。今年は初めて低学年にも配り、参加者は七一名と増加しました。

木遣りの練習風景

八月に入ると獅子木遣りの練習が始まります。焼津文化会館で木遣り歌の練習を五日ほど行い、最終日には市民体育館で行列を組んで歩きながら歌う練習を行うのです。三日目の練習を見学してみると、大きな紙に歌詞が示され、保存会の男性が歌う木遣りを追いながら、子どもたちが合いの手を入れています。焼津の木遣りは江戸木遣りの流れを汲むといわれ、現在、「まなづる及てこ」・「棒車」・「上総くずし」の三種類が歌われています。

また、子どもたちに混じって十代から二十代くらいの若い女性たち(一部男性も)が立ち、扇子で子どもたちを仰いでいました。彼女たちは「青年」と呼ばれ、祭り当日はドンブリといわれる黒い衣装を着て獅子頭を持ち、子どもたちの手本となって一緒に歌ったり励ましたり、あるいは気分の悪くなった子を休ませたりしてサポートするのです。練習日には子どもたちの出席確認や練習後の掃除など、忙しく働いていました。

この日の練習は午後七時半から休憩を挟んで約一時間行われ、最後に保存会からの差し入れのアイスクリームを受け取って終了となりました。

獅子木遣りの練習風景

少女たちと女子青年を見守る保存会の方々

青年の役割

今年の青年のリーダーを務めるのは山口貴子さん(平成元年生まれ)。山口さん自身も、父親が祭りに参加していたことから、小学一年生の時に初めて獅子木遣りに出ました。炎天下の行列が嫌になって休んだ年もありましたが、再び参加するようになり、中学に入ると、自然に青年に入ったそうです。当時は特別に祭りが好きかどうか考えたこともなかったそうですが、社会人になった今でも青年を続けているのは「やっぱり(祭りが)好きだし、毎年五、六月から準備に入って当日を迎えるのは達成感もある」といいます。

青年は祭り当日の朝、子どもたちの着付けを手伝い、日中は獅子木遣りに付き添います。それが終わると、夕方からは白装束に着替え、提灯を持って神輿の先導をします。氏子地区は一区~四区の四つに分かれており、平成二十六年度は二区と三区が先輿、四区と一区が後輿を担当しました。祭りで彼らの姿を見かけた若者が「どうしたら青年に入れるのですか?」と問い合わせてきたり、山口さんのように獅子木遣りに参加した子どもが「お姉さんみたいになりたい」と希望したりして、青年に入るそうです。

打ち合わせをする女子青年

母親の協力

ところで、祭り当日は青年に子どもの世話を任せるとはいえ、練習への送り迎えや衣装の準備は主に母親の役割です。実際、練習をする少女たちの後ろで多くのお母さんたちがその様子を見守っていました。獅子木遣りには母親たちの理解と協力が不可欠で、彼女たちの支えがあって成り立っているのです。

獅子木遣りに参加する子どもたちの保護者の中には、自分自身が獅子木遣りの経験者というお母さんもいます。娘を小学一年から参加させている青木さんもその一人で、今年はただ娘を参加させるだけではなく、手古舞姿の子どものメイクをアドバイスするなど、積極的に獅子木遣りに協力しています。初めて娘を獅子木遣りに参加させる母親にとっては心配なこともあるはずですが、青木さんのような母親が心強い存在となることでしょう。

獅子木遣りを受け継ぐ

こうしてみると、焼津の獅子木遣りでは、保存会の主導によって木遣り歌の稽古がなされて少女たちがそれを習得していくという芸能面の伝達がある一方で、手古舞姿の少女たちがやがてドンブリ姿の女子青年となってサポートに回り、あるいは十数年の後に母親となって娘を参加させるという形で、女性たちの間で伝統が脈々と受け継がれ、人員の確保につながっています。もちろん保存会の体制がきちんと整っているからこそ、このような流れを保つことができているのですが、参加者自身が獅子木遣りにやりがいを見い出し、楽しんでいることが感じられます。

獅子木遣りに長年付き添っている保存会理事の斎藤伴雄さんは、「祭り当日の朝、出発の時には緊張していた子どもたちが、無事に神社に戻ってくると、二、三歳大人になったような顔をしている。暑い中歩ききったという自信が湧いている。その顔を見たくて付き添っている」といいます。確かに、渡御行列から戻って神社に参拝する子どもたちは、疲れきってはいても充実感をみなぎらせ、堂々としています。今年もまた祭りを経て、日焼けした笑顔の少女たちは一回り大きく成長したことでしょう。

ドンブリ姿の女子青年

参考資料
ふるさと民俗芸能ビデオ・19 焼津神社獅子木遣り
焼津市史民俗調査報告書第三集『浜通りの民俗』

(レポート 川口円子)

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