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第1回「人口問題の由来と本質」③

更新日時2017.12.04

超低出生率社会:家族類型の類似性

西欧北欧は、一般的に出生率が高いと思われがちですが、バルト三国は低いし、ドイツ、オースリア、スイスも低いです。1.5より低い国はドイツ語圏を中心にあります。それから東ヨーロッパ、南欧は軒並み低いです。東欧については、ソ連崩壊後の経済の停滞もあるかもしれませんが、軒並み低いです。ギリシャとかイタリアとかスペインとか、経済的にもうまくいってないところもあるんですけども、南ヨーロッパも軒並み低いですね。

これは何か原因があるんじゃないだろうか。地理的にくっきりしている。東アジアも軒並み低いですね。

 

そこに目をつけたのがエマニュエル・トッドです。トッドには私も日本に来るたび会いますが、よく日本の新聞社に呼ばれて来るフランス人の研究者です。私と同じように歴史人口学をやっています。彼は、出生率が特に低い国は、その家族の構造に原因があるじゃないかと主張していますね。彼は面白い区分をしているんですが、その1つが兄弟の間の関係で、不平等か平等かっていうことです。何を言っているかというと、兄弟のうち誰か1人だけが遺産を相続する。それは不平等だ。みんな均等に遺産相続することは平等な社会だと言っているわけですね。こういう軸でひとつ、家族を類型化していく。

 

そしてもうひとつは、「自由と権威」です。これは父親が子供に接するときの力関係。自由というのはわりに子供の考えに任せるというタイプの社会。それから権威というのは、父親が非常に強くてあれこれ指図をするような社会。これを軸にして家族を分けてみる。それが出生率の高低と綺麗に重なるんだというのが彼の主張です。

 

イングランドは絶対核家族と言っているんですけれども、いわゆる核家族社会です。ですから、結婚する時には子供は自分の家を出て新しく家庭を作ります。そして子供たちを育てていきます。子供たちは大人になると、或いは結婚する時には必ず外に出なければならないというルールがあります。そういうのが核家族ですね。

 

フランス北部、パリを中心とした地域も核家族ですが、ここは平等主義家族です。兄弟の間の関係がイギリスでは遺言によって、誰か1人に多くいくんですけれども、フランスの場合は原則として、平等だっていうんですね。同じ核家族なんですけれども、兄弟の扱いで違いがあるということで二つに分けたんですね。

 

それからもう一方は、もっと世帯規模が大きくなるタイプの家族です。権威主義家族と書いてありますが、家族の形で言うと、日本の3世代世帯というのがこれにあたります。おじいちゃんおばあちゃん、世帯主の夫婦、そして子どもたちというのがそれです。この家族は日本では直系家族、直系の子孫が一緒に暮らすという意味で直系家族と言っていますけれども、この特徴は、子供が結婚しても親と同居する、後継ぎとなる子供が同居していくという特徴がある。だから結婚をするときに外に出なきゃいけないという核家族と違うんですね。

伝統的な家族として日本はそういうタイプですね。ドイツもそれに近いと言われています。

 

それからもう一つ、大きな世帯を作るのが共同体家族と言われているもので、これは兄弟同士も一緒に暮らすというタイプです。主にロシアを念頭に置いていますが、南ヨーロッパの一部にも過去にはそういうケースも多かったって言っています。彼はそんな風に、ヨーロッパの家族を中心に、父親との関係、兄弟同士の関係から4つの類型に分けていって、父親の権威が強いタイプの家族、ドイツ、ロシア、広い意味では東ヨーロッパ、南ヨーロッパ、というところは出生率が低いんじゃないだろうか、という指摘をしています。あまり細かく言っていませんけども、家族類型と現在の出生率の間には関係があることを彼は指摘しているんですね。

 

『儒教と負け犬』という本があります。酒井順子さんというエッセイストが書いた本ですね。彼女はこの本より前に『負け犬の遠吠え』という本を書いています。負け犬って何かと言いますと、先程、生涯未婚率の話をしましたけれども40歳近くなって一度も結婚をしていない男女。それを彼女は負け犬と呼んだんです。自分がそうだっていうわけです。80年代バブルのときには、バリバリ働いて仕事もして、そしてその稼いだ給料で良い洋服買ったり、ジュリアナかなんかで踊ったり楽しく過ごせたけれども、どうも40近くなってくると虚しい感じがする。むしろお子さんの手を引いて歩いている家族連れがとても光って見えるというようなことで、自分はもしかしたら負け犬かもしれないと思って、そういう言葉を作ったんですね。その後、2009年に「儒教と負け犬」というタイトルの本を出したんですね。国外に出てみると、自分たちと同じような境遇の人があちこちいるじゃないかということなんですよ。インタビューして回るんです。北京、上海それからソウル、あるいは東京。

 

中国には「余女(よにょ)」、余った女性。韓国には「老処女」という言葉があるようです。日本は負け犬という自分が作った言葉だけど、似たような境遇の人が存在していることがわかった。彼女はその背景に、儒教的な社会のシステム、或いは儒教的な家族制度があるじゃないかと気が付いた。それがどういうことなのか、どういうふうに未婚に繋がっていくのかというのは、あまり厳密ではないかもしれませんけども、人口を研究している専門家からもある地域に特有の家族構造が出生率の低さに結びついている、という指摘がある。直感的に儒教圏、東アジアにも同じような発想をする方がいる。これは何か関係があるだろうと思います。

 

そこで、私はこんなチャートで考えてみたいと思っています。日本で、あるいは世界の諸国が近代化します。経済成長が起きます。工業化が進みます。同時に都市化が進みます。そうすると男性だけじゃありませんが、女性を含めて高学歴化が進んできます。女性の社会的進出、いろんなところで、家族以外の場所で働く人がどんどん増えてくるということですね。日本では多分大正期が大きな変化の始めだと思います。

実は一昨日、市内の鷹匠町で記念碑の除幕式をやってきました。静岡県立大学の前身になった静岡女子薬学校が、大正5年、1916年にそこで生まれた。本当に数少ない生徒さんしかいなかったですけども、今の鷹匠町の一角の2階建ての家が学校で、女性の専門職教育が始まったのです。その1920年あたり、大正デモクラシーは女性の社会的進出が進んでいった時代ですね。

特に均等法施行後の80年代、90年代になるとどんどん進んでいくわけですが、これが結婚とうまく両立しにくいと言うことが大きな問題になりますね。日本では戦前、戦後の高度成長が起きるまでは、直系家族が当たり前でした。特に農村がそうです。都市でもそういう傾向がありました。

しかし、高度成長の時代からだんだん核家族を目指す世帯が増えてきますね。結婚するときは親の世帯から離れて独立するという社会になっていきます。そうしますと、家の中に大人は夫婦しかいないわけですよ。親もいないし、兄弟ももいないし、親族もいないし、使用人もいないし、夫婦だけで子育てをしないといけない。日本の社会には、或いは儒教的な国では、子供を育てるのは家族の問題で、国がいちいち手助けしたり手を差し伸べたりする必要はないって考えが強いですね。

 

子ども・子育て支援法という法律ができましたけども、その最初の方で、子供を育てることは、一義的には保護者の責任だと書いてあるわけですよ。ちょっと意地悪な読み方をすると、仕方がないから国が面倒みますと書いてあるわけです。渋々って感じが法律の最初に出てくる、そういう国なんです。

そうしますと、公的な支援は十分ではない。

よくフランスの税制と日本の税制、或いは北欧の子育ての手当と日本の子育て手当が引き合いに出されますけれども、国家が子育てするという姿勢は十分ではない。本質的には家族の問題だと考えているわけですね。

 

地域の子育て支援

それから地域の子育て支援。これはむしろ昔はあったかもしれない。だけど、地域のコミュニティが分断化されていくとそういうのが無くなる。イギリスとかアメリカでは公的な支援が初めは少なかったにせよ、キリスト教を中心としたコミュニティが非常に強く働いていて、支援しているという話がありますね。

 

それからもう一つ、日本では大都市圏の通勤事情が悪いってこともありますし、残業が多いってこともあります。ワークライフバランスが非常に良くないんです。

その結果として、夫の家事育児への参加率が低い。

これはワークライフバランスのせいだけじゃなくて、やはり儒教的な考え方で、ジェンダー間の分業意識が非常に強い。ですから男性が、積極的に家事育児に参加するという意欲自体が低い。さらにワークライフバランスの悪さっていうのが、追い打ちをかけています。

こういう状況の中で子育てしようとすると妻、あるいは母親の負担がどうしても大きくなるわけですね。仕事もしなさい、家事もしなさい、育児もしなさい。さらに、離れたところに住んでいる親の面倒も見なきゃいけない。そう考えたら、結婚なんてぞっとしちゃうわけですよね。それだったら自分で稼げれば、ひとりでもいいやと思う人がいてもおかしくない。

こういう事情が晩婚化、非婚化の直接的な原因になっているんじゃないかと思います。ですから、こういうことを大きく変えていかなくてはいけないということですね。

 

歴史に学ぶ-人口減退期とはどのような時代か?-

どういう方向へどう改善していけばいいかを議論する前に、人口減少の時代というのが、我々にとっては初めてですが、過去にも何度もありましたよ、ということを申し上げたい。

世界人口については、少なくとも過去2000年の間に3回はありました。それから、日本の人口と静岡の人口を並べて書いています。静岡と言っても、奈良時代から江戸時代は伊豆と駿河と遠江、三つの国の人口です。これらは対数で示してありますが、過去、縄文時代の後半、平安から鎌倉にかけて人口が停滞しています。それから江戸時代の後半、18世紀に人口が減っています。幕末からまた増え始めます。そして21世紀に人口が減り始めます。静岡地域の人口もだいたい似たような動きしていますね。

どうしてこんなことが起きるのか。よく気候変動のことが言われます。

それもあるんですけれども、実際は単純ではない。

本質的にはですね、人間は動物と違って、いろんな道具を使ったり、機械を作ったり、家を作ったり、いろんな装置を作ってその中で暮らしているわけですね。その一つの装置のかたまり、装置群と人間との関係を文明システムと呼びます。人類学者の概念なんですが、ひとつの文明システムが出来上がっていく時に人口って増えるんですね。

縄文時代になって縄文人が入ってきて、どんどん日本列島の資源を使って増えていく。だけど、環境の制約があって人口は頭打ちになります。中期26万というのがピークです。

それから弥生時代に入って、稲作農耕が普通になってきます。そうすると新しい文明と転換していきますね。そしてまた人口が増えていきます。

だけど、奈良時代まで人口増えるんですが平安時代にはピークに達してしまう。平安から鎌倉にかけてだいたい700万から600万くらいへ人口が減少します。

ところが今度は室町時代からまた人口が増え始めます。その原因はマーケット、市場経済化が進むということです。

農業社会でありながら生産性が上がるようなインセンティブが日本の社会の中に生まれてくると、経済成長が始まる、そして人口も増えてきます。それが江戸時代の前半まで続きます。

ところが、18世紀になると、鎖国していますから食料もエネルギーも入ってこない。国土の中で人口を養わなきゃいけない。だいたい3200~3300万人いるわけですね。この人口を養わなきゃいけない。農地には限界がある。水も限界がある、森林も限界がある。肥料にする草を提供する草地も限界がある。そういった資源の限界にぶつかって、人口が頭打ちになります。

そういうときに、世界的な寒冷気候に襲われて、人口がさらに減ります。それが18世紀ですね。しかし、幕末になるとヨーロッパの技術を取り込んで溶鉱炉作ったり、造船所を作ったり、武器を自給しようとする試みが始まります。

そして明治維新以後、本格的な工業化に移行してきますと、また人口増えてきます。

 

という具合に、文明のシステムが新しいものに転換するときに人口増えていくけれども、その文明の持っている固有の人口の制約の上限まで人口が増えて行くと人口は停滞し始める。そしてそのままほっておくと人口減少してしまうかもしれないけども、人口圧力が刺激になって新しい文明、或いは新しい技術、新しい資源を導入する。そして新しい文明システムにまた再び転換しようとする。そうするとまた人口が増え始める。そんなふうに考えてみたらどうなのかということですね。

 

講師プロフィール

静岡県立大学 学長 鬼頭宏先生

静岡県立大学 学長。静岡県生まれ。
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院博士課程単位取得退学。 上智大学経済学部教授を経て、2015年より現職。
静岡県人口減少問題に関する有識者会議 座長。美しい“ふじのくに”まち・ひと・しごと創生県民会議委員などを務める。
主な著書は、『人口から読む日本の歴史』(講談社)、『2100年、人口3分の1の日本』(メディアファクトリー)、『愛と希望の「人口学講義」』(ウェッジ)など。

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