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第2回「パートナーシップ・親子からみた人口問題」

更新日時2018.01.11

「少子化」を考える

タイトルでよく「少子化対策」とつくものが多いと思いますが、今回は人口問題から未来を考える、です。人口問題で現れている社会システムの様々な問題に対して、どういうふうに社会をもっと良くしていったらいいのかという観点から捉えたいと思います。人口問題という切り口を取ったというのが、今日のとても大きな特徴ではないかと思います。

 

少子化っていうのは対策しなきゃいけないのかな、という当たり前のようでいて当たり前ではないことを考えたいと思います。

 

外国人労働者の割合が非常に高いのは都市国家のルクセンブルクで、外国人労働者がすべての労働者の半分以上を占めています。いろいろなパスポートを持った人が働いて納税をするということが当たり前になっている国もあります。また、聞いたことがあるのは、国際結婚という言葉があるのは日本ぐらいだということです。日本はインターナショナルじゃないから、国際結婚という言葉があると聞いたことがあります。今のようないわゆる鎖国状態のような形を続けていくのか、もし続けていくとなると、やはり人口問題を考えていかなくてはならないですね。この問いが大事だと思います。

 

少子化が進むと生産人口と非生産人口がアンバランスになります。つまりたくさんの従属人口を支えなければいけないということは言われるけれども、必ずしもそうでしょうか。例えば、1人当たりの生産が増えたらどうか。国民1人あたりが数千万円の富を生み出すようなクリエイティブな活動をしたとしたら、別に人口が減ったからといって経済力が低下するわけではないし、今の時点で非生産人口と言われている人が生産する側に回ればいいじゃないかという考えた方もあります。

 

それから子どもが減るというのは、社会的圧力が低下しているという肯定的な見方もあります。少子化が進んでいる中で、ひとりの女性が生涯に産む子どもの数の平均が低下していますが、子どもが4人5人と生まれていた時代は、女性たちは子どもを沢山産みたかったのかというと、そうではないいくつかの要素があります。その一つは男児が生まれるまで出産していたということです。

 

かつての女性たちは、生活保障のために結婚出産をしていて、戦死した兵士がいて、戦争未亡人がいた時代は、亡くなった夫の兄弟と結婚したことがあります。それは女性の生活保障のためですが、どうして兄弟じゃないといけないのかというと、既に家同士の関係ができていますので、そこで遺産がどちらかに移っていくとか、何か継いでいくものが一人の男性の死によってシステムが変わってしまうと困ります。女性は誰かと結婚していないと生活が保障されていない時代では結婚出産が進んでいくのに対し、現代の少子化は、女性が結婚しなくても生きていけるようになったのだから、喜ばしいことではないかという見方もあります。

 

かつて、皆婚皆産と言われ、皆が平均して2人くらい出産するという時代は日本の歴史で見てみるとこの数十年のことに過ぎません。山村の田んぼもそれほど開拓できないような土地では、どんどん子どもが増えて人口が爆発しては困るということで、長男しか結婚できない地域もありました。結婚、出産できるその一部の人たちは5人も10人も子どもを生んでいたというのが日本社会です。だから皆婚皆産という標準化した家族像ができてきたのは、とても新しいことです。いろいろな社会の縛りや規範というのがあり、人口が保てていたのであれば、少子化はいろんな人が自由になったという見方もあります。

 

女性の就業率と出生率

1970年はだいたいどの国も女性の労働力率が低かったけれど、北欧、西欧、アメリカは女性の労働力率が高くなり、出生率も上がっています。女性の労働力率が低いままで、出生率も1.5を下回っている国は日本やイタリアなどです。かつて日本では女性の社会進出が出生率を下げると言われていて、ジェンダーバッシングがあり、女性ができるだけ働かないで家庭にいるという考えがあったわけですが、現代社会では、女性が働いている国の方が、出生率が高いのです。それはいろんな要素がありますが、女性が働きやすい事と女性が産みやすい事は、社会のシステムとして共通要素があると思います。

 

家族支援

もう一つ日本の社会の特徴として、経済力の規模を比べたとき、それぞれの国がどのくらい家族に対する支援をしているのかを見ていきます。例えば、育児に対する現金給付や、保育園などにかかるお金について、GDP比で見たときの日本というのは1%前後でとても低く、アメリカと同じです。アメリカのような自由主義市場の自立自助型モデルにかなり近く、行政は家族に対してあまり予算を使っていないということがわかります。この日本のとても少ない家族支援ですが、そのほとんどが介護などの高齢者福祉に使われて、育児に対して支払われる費用はさらにとても小さいです。日本の中だと、子どもが生まれることを奨励している国のように見えるかもしれませんが、世界的に見ると少子化対策については、非常にやる気のない国ということですね。

 

世界の婚外子率

婚外子の対になる言葉は、婚内子という言葉で、結婚の中で生まれた婚内子、結婚の外で生まれた子どもが婚外子です。その婚外子率をみると、日本は2%前後です。それに対し、婚外子率が非常に高い国で、だいたい50%を超えている国があり、婚姻関係の男女間で生まれた子どものほうが少ないという国もあります。

 

ヨーロッパで1970~80年代に家族政策が変わり、婚外子と婚内子を同じような相続にしたりする国では婚外子率がとても高くなっていき、出生率も高くなっていきます。

 

日本のデータでは、戦後で見てみると1947年に婚外子が3.79%と今より高かったです。1970年代は団塊の世代が結婚し、日本が1億総中流社会で、すごく家族が均質的になっていく時代でもあります。均質な家族になっていた時代は、婚外子率がとても低かった。しかし、もっと長い時間軸で捉えると日本はとても婚外子率が高かった国でした。明治時代の婚外子率は20%です。特に大正、昭和期は非嫡出子の出生率は下がってきたことがわかります。いろんな要素がありますけれども、日本は婚外子が低いのが伝統的にあるわけではないということがわかります。

 

子どもを産みやすい、育てやすい国

子どもが生まれやすい国にするにはどうしたらいいかというと、結婚とか婚姻とか同棲とか事実婚とかカップルとかパートナーシップとか、この枠をどう考えていくかと言うことが一つ問題になっていくと思います。例えば欧米では独身でも養子をとることが可能な国があります。日本では、小さな子どもを特別養子に迎えるのは、婚姻届けを提出している夫婦で25才以上でなければならない。しかし独身でも養子をとれる国では、婚姻しても離婚も多く、ひとり親も多いけれど、立派に子育てをできているので、結婚していなくても養子を取ることができるという見方が根底にあるのでしょう。そんな風に比べてみると、日本では子どもを持つ事が社会的に許容されている人は、とてもひとにぎりであるということがわかります。アメリカのある養子縁組の紹介をする事業者に伺ってみたら、養子を迎える人の20%が同性カップルでした。同性カップルは結婚できますが、同性間だと子どもが生まれませんので、養子を迎えられる家庭の大きなキャパシティーに同性カップルがなっていて、大きな社会的資源になっていると聞きました。

 

かつての日本では育て子制度というのがあって、育てられない子どもは養育料をつけて他の家に出すことがありました。お金を出して他の家で養ってあげるとか、教育してもらったこともありました。貧しいから里子に出すというだけではなく、労働させる手に職をつけさせるということもあったわけです。

 

親族とか血縁関係とか婚縁関係からできている家族だけでなく、世帯の中にはいろんな人が混じっていました。なおかつ、世帯の外にも親子関係のようなセーフティーネットがあり、人が様々な網の目の中に埋め込まれていたということがわかります。

 

産み育てにくい現代日本

現代の日本の家族は、原則として血縁の親子関係と婚縁関係によって構築される私的で情緒的な関係であり、お互い助け合うとか、相手のことを考える関係が求められます。会社とか企業とか学校とか組織とは違う空間が家族であるというふうに考えられている。純粋な血縁とか婚縁関係が求められ、それ以外のものは排除されていくとても限定的な関係であるということがわかります。でもこのようなすごく限られた関係で異質なものを排除していくような家族は産み育てにくさをもたらしています。子どもが捨てられたり、赤ちゃんが遺体で見つかったりという事件が起きても、誰の子どもかわかりません。

 

日本の「母性主義」「血縁主義」

さて、戦後の日本では養子縁組で子を持つのが年間4万人いたわけですが、急激に減っていきます。また戦後、戦災孤児などを家庭に迎えようとして、里親活動も大変な盛り上がりがありました。でもそれが下火になって最近少し増えています。では、少子化で子どもの人口が少なくなって困っている子どもがいなくなったのかというとそうではなく、児童養護施設にいる子どもの数を見てみると、児童虐待防止法以降から顕著に増えていて、施設にいる子どもの数は全然減っていません。毎年3万5000人ぐらいは施設で子どもたちが暮らしています。戦後唯一右肩上がりで増えてきたのは、体外受精で生まれた子どもの数です。子どもが生まれなかった時、他の人のところで生まれた子どもを家庭に迎え入れるということが行われていたのに比べて、現代では体外受精などのテクノロジーで不妊治療などをして、できるだけ夫婦の血が繋がった子どもを持とうというふうにシフトしてきています。テクノロジーが無かったときには、血縁関係のない子どもを家庭に迎えられていた。でも現代では施設に子どもがいて、体外受精などで、できるだけ血のつながった子どもを持ちましょうということが増えていることがわかります。

 

近年、やはり子どもは血のつながりが無くても家庭で育つ事が良いということで、里親がもう一度見直され取り上げられていたり、養子縁組で家庭に迎えられたり、ということが注目されています。里親というのは都道府県知事が認定をして、児童相談所に申し込んで研修を受けて都道府県知事が認定をして里親として公式に認定される資格です。何歳まで可能かというと養育里親は65歳までは新規に申し込みをすることができますので、子育てが終わった方や、子どもが育っていった方が新しく里親になることができますし、20代でも30代でも里親になることができます。子どもの親権を持つのが普通養子縁組や特別養子縁組です。

 

国は平成24年に方針転換をして、すべての子どもが家庭で育つように里親委託が推進されているわけですが、そこにはとても大きな都道府県差というのがあります。低いところでは、保護された子どもの20人に1人しか里親家庭に行けず、5~6%という都道府県もあります。静岡県は国の平均と同じ程度ですが、実は全国2位[データでは2位だったが最新では1位]というのが静岡市です。静岡市の去年の里親委託率は49.6%でした。ほぼ50%になるということですが、この50.0%を超えることは、施設に保護された子どもたちにとって、とても大きな意味を持っていて、50.0%を越えていくと里親家庭に行く子の方が多いというモデルチェンジになります。

 

子育てモデル-養育者支援・次世代育成支援-

育てる人を助ける。子育てが大変なお父さんお母さんを助けていく、育てる人を助けていく子育て支援というものと、もう一つは育てる人を助けるのではなくてみんなで育てる、次世代の育成システム里親や、養子縁組だけではなくて、ボランティアをしたりとか大学生が家庭に行って学習支援をしたりとかいろいろな家庭にいろいろな人が入っていくということも一つモデルとしてあるだろうと思います。

 

最後に皆さんにご紹介したいのが映画で、『さとにきたらええやん』という大阪の子ども・家族支援をしている団体のドキュメンタリー映画です。いろいろな子どもが来て誰でも来ていい、泊まってもいい、途中で帰ってもいい、親も来ていい、誰でもいつでもおいでという団体があります。里親の認定を受け、ファミリーホーム、自立援助ホームも運営しています。それがこれからの暮らし方のヒントになると思いますのでぜひ参考にご覧ください。

 

講師プロフィール

静岡大学 人文社会科学部教授 白井千晶先生

静岡大学人文社会科学部社会学科教授。
専門は家族社会学・医療社会学。
静岡県社会福祉審議会委員、静岡県「人づくり・学校づくり」実践委員会委員。全国養子縁組団体協議会代表理事、養子と里親を考える会理事。
主著に『産み育てと助産の歴史』(医学書院/編著)、『不妊を語る』(海鳴社)、『子育て支援 制度と現場』(新泉社/共編著)、『世界の出産』(勉誠出版/共著)等。

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